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もし老害が永遠に権力を握り続けたら? 村上龍『歌うクジラ』が予言する日本のディストピア

介護現場で老いを見つめていると、ふと思うことがある。 この国は、死ぬことすら許されない巨大な老人ホームになりつつあるんじゃないか、と。

毎日、動かなくなった体を支え、誰かの排泄を助け、食事を口に運ぶ。 それが仕事だ。文句はない。だが、ふとテレビを点ければ、自分たちの数倍の資産を持ち、数十年も権力の座に居座り続ける老人たちが、未来のない若者に向かって「自己責任」を説いている。

おれたち氷河期世代は、ずっと「すまん、諦めてくれw(お前らゴミなんかどうなろうとも問題ないだろ?w)」という空気の中で生きてきた。 もし、あの権力者たちが、その欲望のままに「永遠の命」を手に入れてしまったら、おれたちの居場所はどこにあるんだろうか。

そんな、介護現場で感じる薄気味悪い予感が、文字通り「地獄の未来」として描かれた小説がある。村上龍の『歌うクジラ』だ。


目次

日本は優秀な奴隷が支える、生産性最低の国

国連の調査によれば、日本人の識字率や数的思考力は世界でも圧倒的なトップクラスだという。それほど優秀な労働力が揃っていながら、なぜこの国は先進国で最低レベルの生産性しか出せないのか。

おれにはわかる。上に立つ政治家や権力者が、苔の生えた成功体験にしがみつく老害ばかりだからだ。

おれたち就職氷河期世代は、ずっと無視され続けてきた。「すまん、お前らの分はないんだ。諦めてくれw」と笑いながら切り捨てられ、気づけばアラフィフ。そして今、この国は「数の暴力」を持つ老人たちの声だけが政治を動かす、歪んだシルバー民主主義の極致にある。

もし、この老害たちが**「永遠の命」**を手に入れてしまったらどうなるか? その身の毛もよだつシミュレーションが、村上龍の近未来小説『歌うクジラ』だ。


『歌うクジラ』が描く、100年後の歪んだ日本

この物語の設定は、もはや笑えないレベルで現代日本の暗喩になっている。

  • 2022年、人類は不老不死の「SW遺伝子」を発見。
  • 権力者やノーベル賞受賞者には永遠の命が与えられる。一方、犯罪者(と見なされた者)は遺伝子操作で寿命を短くされる。
  • 100年後、日本は極端な階層社会と化していた。

物語は、15歳の少年アキラが、父の遺言を胸に「最高権力者ヨシマツ」に会いに行く旅から始まる。このヨシマツこそ、SW遺伝子によって100年以上も玉座に座り続ける、老害の化身だ。


上級も下級も「全員が地獄」という階層社会

この小説が恐ろしいのは、貧困層だけでなく、支配層までもが別の形の地獄にいることだ。

下級国民の世界:絶望の終末世界

犯罪者や反乱移民の子孫たちが押し込められた「新出島」や、異様な「スタジアム」。 犯罪者の巣窟である「羊バス」や、去勢された性犯罪者が暮らす「隔離施設」。人々は未来を奪われ、ただその日を生き延びるだけの、剥き出しの生存競争の中にいる。おれたち氷河期世代が味わった「自己責任」という名の放置が、さらに極まった形だ。

上級国民の世界:虚無世界

一方、SW遺伝子を手に入れた支配層が住む「理想村」や「宇宙ステーション」はどうか。そこにあるのは希望ではない。「変化のない永遠」という名の地獄だ。

「理想村」原始生活こそが至高だという上級国民の一派は性行為でコミュニケーションする類人猿のボノボのように遺伝子改造し、知性を失って暮らしている。

当初の目的地である「老人施設」では永遠に生きる老人たちが精神安定剤のおかげで幸せな夢の中で永遠に生き、衰える身体機能や褥瘡のため身体を切除してほとんど脳みそだけを残して生きながらえている。

宇宙ステーションでは遂に最高権力者ヨシマツに出会うことになるのだが、その姿はすでに人間ですらない。

新陳代謝が止まった社会で、老いた権力者たちが永遠に同じ椅子に醜く無様に座り続ける。創造性も、若さゆえの輝きも、死という区切りがない世界では毒されて消えていく。


介護士の目から見た「不老不死」のグロテスクさ

おれは今、老人ホームで介護士として働いている。 日々、老いと向き合い、死を見つめる現場にいる。

人間は、死があるからこそ、次世代にバトンを渡そうと思えるのだ。身体が衰えるからこそ、自分の役目を終えて席を譲れる。それが自然の摂理だ。

しかし、プーチンや習近平、あるいは日本の利権にしがみつく政治家のような「権力欲の塊」が永遠の命を得たらどうなる? 彼らは若者の未来を文字通り「食い潰し」ながら、自らの保身と玉座を守り続けるだろう。介護の現場で、どれだけ献身的に尽くしても、上ですべてを吸い上げられる……そんな未来が、この本には描かれている。

ハイテクな宇宙エレベーターと、マッドマックスや北斗の拳のような終末世界。この極端な対比は、**「一部の既得権益層だけがテクノロジーを独占し、他者を家畜化する未来」**そのものだ。


結論:おれに残された「自由」とは

氷河期世代のおれたちは、国からも、老いた権力者からも見捨てられた存在かもしれない。 だが、このまま黙って「死ぬまで搾取されるだけの歯車」で終わるのは御免だ。

『歌うクジラ』の主人公アキラは、絶望的な格差社会を突き進み、最高権力者へと迫った。おれたちにできることは、せめて**「自分の意志で変えられること」**にだけは、誰にも邪魔させないことだ。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」 そんな美徳はもうない。現代の日本は、死なない老兵が若者の首を絞めるディストピアに向かっている。

だからこそ、おれは今日、介護の現場で働きながらも考える。 自分の手に負える範囲の自由だけは、絶対に手放さない。 この本は、単なるSFじゃない。おれたちが今、直面している「静かな地獄」への告発状だ。

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この記事を書いた人

就職氷河期の亡霊。人生に絶望し、行き着いたのは老人施設の下級奴隷だった。
薄給でこき使われる日々。ろくな教育もなく放り込まれた老人施設の最前線で、俺は今日も生存報告を綴る。

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